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会いたい人に会いに行かなくても会えるからこそ、「会う」について考えてみた:相反する「気」が混ざったところに「現象」が生まれます

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二つの「気」が交流する事で、化学反応が起こり、そこから「現象」が生まれます。

 

それは、感情の変化をもたらしたり、行動を変革していくほどのパワーがあり、二つのパワーの「相違」が大きいほど、大きな変革が起こります。

 

 

例えば人に会うこと

これも、人と人との「気」のぶつかり合いが起こり、アイデアが生まれることもあれば、喜び、憎しみなどの感情が芽生えます。

 

 

人と人との「距離」は、「物理的な距離」と「心理的な距離」の2種類があります。

 

 

「物理的な距離」とは、会う回数や、一緒に過ごす時間の長さなど。

「心理的な距離」とは、関心度の度合い。

 

「物理的な距離」は「心理的な距離」に比例をする

と言われていて、頻繁に会う人や長い時間を過ごす人との間では、関心度が増すと言われてはいますが、最近では、会わなくても会う事ができる便利なツールがたくさんあるので、「物理的な距離」の定義も変化しています。

 

いつもテレビで見かけるとか、雑誌に出ている、頻繁にメッセージのやりとりがある、なども、「物理的な距離」が近いとされます。

 

なので「会う」という定義も、幅広く捉えられてきています。

 

 

「会って話す」「会わずに話す」

その二つの違いは何かと考えてみました。

 

 

「会う」と温度を感じます。

体温もそうですが、話している熱量が高いとか、ジェスチャーから生じる気の動きも感じます。

空気を一緒に感じるから、一つのチームみたいな一体感が生まれます。

だから、少し言葉足らずだったとしても、「温度」でカバーできます。

 

そうではない場合は、温度は感じません。

空気ではなく「画像」と「音」だけ。

そこには「超えられない厚い壁」があります。

だから、あまりにも、熱く延々と語られると、「話がいつまで続くのかな・・・長い・・・・」と、つい違う事を考えてしまうかも。

 

 

 

超えられない壁を越えるためには

壁を「共有」する事が必要です。

 

壁を共有するとは、壁に「ドア」を付ける感じ。

 

まず、自分から押して開くドアにするのか、引いて開くドアにするのか。こちらから、どんどん話すのか、とりあえず話を聞くのか。

「ワンチーム」であれば、自分から開けることもできるけど、突然こちらから開けると警戒されます。

なので、開けたくなる様に、関心を持ってもらわなくてはいけません。

 

「ここにドアがあるよ」と、興味関心を引けば、話を前のめりになって話を聞いてもらえます。

 

そのために、何を話しているのか、何を伝えたいのか、大事なポイントはどこか、など。「言語化」するスキルが試されます。

 

しかも、会っている時は、ちょっとくらいよそ見をしても気にならにけど、会わずに話すのは、よそ見をされたり、また、他の事をしながら話していては、相手は、それが気になって仕方なくなり、話の内容に集中できない。

しかも、相手は、いつも壁の向こう側を「想像」している。

 

だから、話す方も、気が抜けず、集中力が試される。

 

 

「会う」のは、「会う」前から始まっています。そして「会う」事が終わった後も含まれます。

会いにいくワクワクした高揚感や、会った後の、しんみりした寂しさや、次はいつ会えるのかなとそわそわする期待感も含めて、全部「会う」こと。

 

会っていない時の時間は、生産性のない「時間」かもしれないけど、気持ちが動く「揺らぎ」の時間です。

 

 

「効率」を求めると、無駄が省けます。

社会的距離を離す事を強いられている今、改めて「会う」ことの意義を考える時期なのかもしれません。

 

今後は、ますまず「会わずに会う」事が増えていくでしょう。

「会う」必要があるのかないのか、ふるいにかけられて、必要のない「会う」は削除されてしまうかも。

会ってもらえる様に「進化」を求められています。

 

 

会わなくても、自らドアを開けたくなる様に仕向ける「伝わる言語能力」を持つ人

どんなに「不要」な時間を使ってでも、どうしても会いたい気持ちにさせられる人

 

 

 

これからの「会いたい人」はこんな人なのかもしれません。

どちらも、ハードルが高そう・・・

「訓練」あるのみ。ですね。

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