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「自己実現」を通して見えてくる「自分」:「ふんわり」とした「結界」は時として「マイナス」となる

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「なりたい自分」と「現実の自分」

 

そのギャップが大きいほど、「なれない自分」を卑下してしまい、「どうせ私なんか」とネガティブな気持ちに支配され、落ち込んでしまいます。

 

 

「人」は「社会」の中で生きています。

「人」は「比較」することで、「価値」の基準を決定します。

 

 

そもそも、「なりたい自分」とは「憧れ」の感情が「種」であり、「種」は「外」からもらったものなので、「自分」から生み出されたものではありません。

 

 

「憧れ」の対象は、モチベーションを上げてくれることはしますが、「憧れ」そのものになることはできません。

 

 

「憧れ」は、「憧れ」になるための「具体的な方法」は教えてくれません。

「行動」のみが、「成長」の元なので、「思い」だけでは、「現実の自分」は、ずっと「現実の自分」のままです。

 

 

ありとあらゆる「情報」が溢れかえる中で、「憧れ」を探し始めると、際限なく「憧れ」が押し寄せてきて、「依存」として、心の「一番大切な場所」に居座ってしまい、「自分」がなくなってしまいます。

 

「自分」は「自分」

 

決して「依存」しないこと。

「憧れ」をスパイスにして、「美味しいことろ」だけ、ちゃっかり利用した方が、「美味しい自分」が出来上がります。

 

 

「自分」と「憧れ」の間に、「ふんわり」と「結界」をはる。

そんな感じがオススメです。

 

 

「環境」は、ありとあらゆる「誘惑」の「手」を伸ばして、「獲物」がかかるのを待っています。

溢れかえる「情報」の中での「誘惑の手」は、待っているというよりも、むしろ、積極的に「釣り」に行く感じすらします。

「人」はいつも「誘惑」のハンターの標的となって、油断するとすぐに捕まってしまいます。

 

 

「誘惑」に負けてしまって、日常生活に支障が出た場合、「依存症」と診断され、「治療」適応となります。

精神科治療は、治療者と患者さんとの「契約」に基づいています。

 

精神保健福祉法に則り、「法的」な約束事をクリアしなくては、「医療」を提供することができません。

それは、「一般科」とは「立ち位置」が異なるので、戸惑われる方も多いです。

入院に関しても、「条件」があり、患者さんはその「条件」を受け入れなくてはいけません。

 

 

「依存症」の治療は、まず「治したい」という、患者さんの「強い決意」を持って、それを「病院」が「受ける」形です。

それは、ちゃんと理由があって、「依存症」の治療は、想像を絶するほど「孤独な戦い」です。

「院内」では守られますが、「外」に出てからが本当の意味での「人生」なのです。

一人で戦う「覚悟」できない場合は、どんなに「医療」を提供しても、

結局は「誘惑」に負けて、振り出しに戻ってしまいます。

 

 

アルコール依存症の治療は、入院治療が基本的です。

期間は3ヶ月から6ヶ月程度。それは病院によっても違いはありますが、生活全てにおいて、「約束を守る」ことが課題として提示されます。

そして、長い期間をかけて、「約束を守る」ことによって、「自分を守る」術を獲得していきます。

 

朝、起床時間に起きる

掃除をする

運動をする

日記を書く

自分を見つめる時間を持つ

それから、もちろん、「お酒」を飲まない など。

 

「情報」が管理された中でさえ、全ての「約束」を守ることは、結構大変です。

 

「依存症」は、治るものではなく、「一緒に生きていく」ことです。

「渇望」するものを「受け取らない」。

「受け取らない」という自分との「約束」を、守り続ける強さが必要です。

それは、朝から何も食べていない中、皆んなが美味しそうに焼肉を食べていても、一口も食べられない状況のようなものです。

これが「一生」続きます。

 

本当に苦しいし、辛い「一生」です。

 

「お酒」は形を変えて、あらゆる「媒体」を使って「誘惑」してきます。

それは、コマーシャルだったり、ドラマの中だったり、テレビを見なくても、町中お酒の広告や、時には試飲を勧められたり、コンビニや、スーパーや自動販売機など。

目を開くと、そこらじゅう「誘惑」が溢れています。

 

 

溢れかえる「誘惑」の中で、「私は私」と言い続けることは、とてもエネルギーがいることです。

 

 

精神科医であり心理学者でもあるヴィクトール・エミール・フランクルは、著書「意味による癒し」の中で

「自己実現を目標としてはならない」

と述べています。

 

「自己実現」とは、「結果」ではなく、実現しようとして頑張った時に感じる「感情」であると言っています。

 

「社会」の中で生きている「人」は、「社会」からの「評価」を「自分の結果」として知ることができます。

 

認めてもらうことを「結果」とするのではなく、頑張っていて、ある時褒めてもらえて、「嬉しい」と感じる気持ちが、「やってよかった」と感じる気持ちが「自己実現」です。

 

それは「形」がないので、いつ、誰が、どんな風にやって来るのかわかりません。

なので、とりあえず、「目の前のことに全力で取り組む」のが、一番の近道であり、王道であり、それしかないと思います。

 

 

「なりたい自分」になるには、現状維持はあり得ません。

突破口を開くため、新しい「やり方」で挑戦します。

 

 

これまでの生き方が通用しなくなる時、新たな可能性が開かれる。

(「生きる意味」を求めて:ヴィクトール・エミール・フランクル著)

 

自分の可能性は、現実を変えようとする動きの中で見えてくる。

(「生きる意味」を求めて:ヴィクトール・エミール・フランクル著)

 

結果を最大限に引き出すには、他者と闘うのではなく自分自身と闘うのだ。

(「生きる意味」を求めて:ヴィクトール・エミール・フランクル著)

 

 

そして、それには

たとえ少数派であっても流されない人間である(「生きる意味」を求めて:ヴィクトール・エミール・フランクル著)ことが試されます。

 

 

時には、誰の邪魔にもビクともしない、とても硬くて丈夫な「結界」が必要です。

 

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